プロサッカーコーチになるには?私の履歴書 FC岐阜フィジカルコーチ井田征次郎②

サッカーコーチになるには? どういう経路があるんだろう?

プロサッカー選手としての経験がなくてもプロサッカーコーチになれる!
実際にそれを実現した方にフォーカスして対談していくシリーズ第1段!

FC岐阜フィジカルコーチ 井田 征次郎さん 後編です。

 

前編

プロサッカーコーチになるには?私の履歴書 FC岐阜フィジカルコーチ井田征次郎①
プロサッカーコーチになるには? どうしたらいいんでしょうか?プロサッカー選手経験がなくてもJクラブでプロコーチとして働くことができる。その実例を対談形式でご紹介。

 

プロサッカーコーチになるには?私の履歴書 FC岐阜井田征次郎②

 

イタリア時代

倉本:じゃあいよいよイタリアの話なんですけど、どうしてイタリア、いつぐらいからイタリアへ行こうって考えてた?

 

井田:その大学卒業するときの進路として考えてたときに、正直なんかいい言い方じゃないかもしれないけども、筑波はやっぱりサッカー界にいろんな人が、サッカーの世界、Jリーグ、サッカー業界、いろんな人がいて、いろんなつながりがあって、自分の上の先輩たちでサッカーの世界に入っていく人たちを見ていってると、選手になる人たちは選手レベルでプロのレベルに達しててスカウトされていくけども、コーチになる人たちは、いったら、同じように勉強しててなっているってなんでかなって見てたときに、やっぱり筑波のつながりっていうのはすごい大きかったり、結局、Jリーグとかサッカーの世界、プロスポーツの世界ってあんまり人の一般募集って基本的にないじゃないですか。

 

倉本:ないね。とくにJリーグ、なかなかないね。コーチの一般募集は。

 

井田:そう。となってくると、やっぱり人のつながりでっていうのがあって、部活以外にも筑波のサッカー部にいると、指導者養成でB級、A級、S級の補助学生として、学生が手伝いに行くっていう仕事があって、そういうのも行かせてもらったりとか、それの大会だとか、JFAとかクラブユースが運営する大会の補助とか、そういうので行ったりとかして、やっぱりサッカー業界関係の人、クラブの関係の人たちと顔を合わせて、一緒に仕事やりながらできて、そういうとこで、もちろんちゃんとした仕事して認められればだけど、やっぱりつながりができて覚えてもらえる。名前を覚えてもらえる。

そういうところで、仕事をした人たちが、どっかのクラブで人を探してて、そういえばあいついたなっていって、呼ばれていく先輩とかも見ているので、これはそういうのうまくやっていくと、プロの世界に俺らでも入れるチャンスはあるなっていうのは思ったの。

何もなくて、ただサッカーの勉強だけしてて、つながりがないとなかなか難しいけども、そういう人のつながりで入り込んでいくチャンスはあるなっていうのは、2年生のときぐらいから思ってて、だけども、それで入って、果たして10年間、やっていけるのかなっていう。

言ったら、つながりだけで入って、もちろん実力、やっていって実力をつけて、実力があって残りいかなければいけない世界だってのはわかってたから、でも今この状態、自分のサッカーの知識や、経験や、持ってるものでやっていって、10年後、とくにサッカーがうまかったわけでもないし、何かサッカーについてめちゃくちゃ詳しかったでもない自分が、10年後、生きていけるのかって考えたときに、多分そのまま入っても無理だなと思って、だったらやっぱり人と違うものを持ってないと生き残っていけないんじゃないかなって漠然と思って、その進路考えてるときに、4年生のときに、またいろんなところでつながった人たちが、海外で勉強してたり、あとは身近な先輩が海外に勉強しに留学したりとかしてる人がいたから、海外に行って勉強するっても、一つ、手じゃないのかなっていうのを思ってから、海外に興味を持って、いろいろ調べて、スポーツのトレーニングにしろ、医学、トレーナーとかにしろ、スポーツだけで見ると、やっぱりアメリカに行く人が多かったんだけど、でもやっぱサッカーって考えたときに、まだメジャーリーグサッカーとかもなかったし、アメリカでサッカーっていうものはやっぱり一番ではないなっていうの。

サッカーで一番っていったら、やっぱりヨーロッパだろうなっていうのがあったから、ヨーロッパの方がやっぱりいいんじゃないかっていうことでいろいろ探してて、その中でもやっぱり数少ない情報の中でも、そういう知り合いの伝手とか、そういう情報を得られるものがあったのが、イタリアとオランダっていうのも一つ選択肢があったんだけど、でもオランダはどちらかと言ったら、ビザとかも、やっぱりコーチで、勉強でビザを取るっていうのが難しいっていうのもあったから、時間的な制限も、決めなきゃいけないってのも制限もあったし、イタリアっていう方が可能性があるかなって思ってたら、イタリアはフィジカルコーチのライセンスがあるっていうことがわかって、ライセンスがあるってことは、それを学ぶコースがあるんじゃないかなっていうのはあって、というと、そうなると、学ぶ環境があるんじゃないかなっていうのがあって、もうそれでじゃあイタリアに行こうっていう。全てはわからなくとも、なんかなんとなく、イタリアにって。

 

倉本:へえー。なるほど。これでもいつ、井田ちゃん、言ってたか覚えてないけど、「黒人の選手が少ないからヒントがありそう」みたいな話をしてた気がする。イタリアを選んだ理由。

 

井田:あー。それも当時、まだ自分たちがいたころは、イタリア代表にも黒人の選手ってほとんどいなくて、白人の選手、ほかのヨーロッパの国、フランスにしても、オランダにしても、やっぱ黒人の選手が多くて、やっぱり黒人の選手の体の作りというか、筋肉のつき方だとか、骨格の部分ってのは、やっぱり全然、白人、日本人とかと全然違うなってのがあったから、イタリア行ってたときに、それをやっぱ彼らに、日本人が彼らに勝つためには、その同じことやってても駄目だなと思ってたから、で、イタリアの代表、黒人がいない中で、あれだけ強くて、それは何でなのかなっていうのは、確かに、それは多分、でもイタリアに行ってから思ったことかな。

なぜイタリアは強い?

倉本:なるほど。そこで出てきた結論はなんだったんですか。

 

井田:結論。イタリアでの?

 

倉本:イタリアでの。イタリア人がなぜ強いのか。

 

井田:結論としては、これもイタリア、5年間いて、もう本当5年目ぐらいに気付いたことだけども、結局、きちんとサッカーをしてるなっていうことだった。漠然と言えば。っていうのは、やっぱり日本で自分が小学生教えてたときとか、イタリアに行って、イタリアでの練習のトレーニング見ても、別にそんな変わったトレーニングをしてるわけでもないし、言ったら日本人の子たちの方がうまいのになってのはずっと思ってて、トレーニング内容もそんな、普通にポジションしてたり、シュートの練習してたりという、そんなに変わりがあるように見えないのに、なんで差がつくんだろうなと思ってて、毎年日本から日本人の指導者の人が勉強に来てたりとかして、その通訳とか伝道してるときに、日本人の指導者の人が、どっかのクラブの指導者のイタリア人の指導者の人に、今僕は中学生を見てて、中学1年生を見てて…。違う。小学生かな。

で、「小学生だから技術的なことを伸ばそうと、まずこの1カ月はドリブルの練習を主にやってて、その次の月はパスのトレーニングをメインでやろうと考えてるんです」みたいなこと言って、「イタリアとかどういうあれでトレーニングを変更してるんですか」みたいな、そんな感じの質問をしたときに、イタリア人の指導者が、すごい、はてなはてなみたいな感じになって、「えっ?なんでサッカーの、サッカーにはドリブルもあるし、パスもあるし、シュートもあるし、なんでそうやって分けて考えんの?だからトレーニングしに来てんだから、パスもしなきゃいけない。ドリブルもしなきゃいけない。シュートもしなきゃいけないんでしょ。なんでそんな分けるの?」ってなったときに、そこにいた日本人の指導者、自分も含めて…。

 

倉本:「ん?」みたいな。

 

井田:「えっ?」って言った。

 

倉本:逆に。

 

井田:まあ確かになんかそうやって分けて考えがちだなみたいな。そういうのをちょっとみんなでそこで話し合ったときに、日本って結構部分部分で分けて考える。サッカーの中でもその要素要素で分けて考えるけど、イタリアってどの年代でもどういったトレーニングもやる。

だから、ちっちゃいからフィジカルトレーニングはやらないって、もちろん、筋トレをガンガンやるっていうことはないけども、身体を動かすためにどうするとか、それをサッカーの中にうまく組み合わせてて、だから全ての要素が入ってる。

技術的なものも、小さくても戦術的なものも、動き方だとか、簡単なもの入れてたりとか、そうことをやったりとか、戦術的なものも入ってる。技術、戦術、体力的なものも入ってるっていうのを、サッカーっていうもの自体をちゃんとちっちゃいころからトレーニングしていってるんだなっていうのは、それで日本との一番の違いってここなのかなってのは、そのときに思ってっていう。

 

倉本:なるほどね。

 

井田:イタリアに行ったときの一番の気付きってのはそこなのかな。

イタリアでのフィジカルの考え方

倉本:へえー。面白い。なるほど。フィジカル的なところは?イタリア人って、総評できないかもしんないけど。

 

井田:うん。でもやっぱり、イタリアってどの町クラブとかちっちゃなクラブでも、フィジカルコーチってのは、やっぱり専門的に1人いて、やっぱりちっちゃいクラブだったら育成で1人とかそういうのなんだけども、そういう人たちがやっぱりついて、毎日のトレーニングの中に、その人のパート、パートがあったりとかして、だからフィジカルトレーニングってのをすごい大事にしてるなってのはあったのが一つと、あと日本にいるとき、大学なんかで自分も、大学トレーニングとかやってるときって、基本的に週の頭「はい、フィジカルの日」っつって、もうその日のトレーニング、全部フィジカルになったりっていうあれだったけども、イタリアにいると、やっぱり週末に試合があって、そのために準備をするっていうのが、週のトレーニングがオーガナイズされてて、そうなったら週の何日目にどういった刺激を入れるのか、フィジカルの中でもじゃあ今日は有酸素で走るようなトレーニング。

今日はスピード系だとか、パワー系だとか、そういうのがもう毎日のトレーニングの中に何かの要素が入ってきてて、それはなぜかっていったら、最初に言ったように、やっぱりゲームから逆算して、それぞれの必要な刺激を入れていってるっていう、それを毎週回していってる。そういったサイクルがあるっていう。

だからフィジカルトレーニングもやっぱそういうのがきっちりと考えられてて、そういうのはすごい大事だと思ったし、日本には、自分がいるときは持ってなかった考えだったから、やっぱり週の頭に「はい、フィジカルやりましょう」っつって、もう何でもやる。

走るし、飛ぶし、アジリティもやるしみたいな、その日に詰め込んで、あとの日は基本的にはサッカーのトレーニングっていうことが多かったから、ずっと。だからその考え方の違いもイタリアで、フィジカルのことに関して学んだというか、考え方が変わったのはそこの部分が一番大きいかな。

ライセンスは?

倉本:なるほど。結局、フィジカルコーチのライセンスっていうのは取りにいったの?

 

井田:実際にはもうコーチのライセンスはS級みたいな、もうプロライセンスしかなくて、そこに入るためには、基本的にはイタリア人のためのライセンスだから、外国人が受けるためには、その国のサッカー協会の推薦が必要だってことを言われて、一回、日本サッカー協会にも問い合わせたけども、まあ全然どこの馬の骨かもわからない人間にはそんな推薦…。

 

倉本:(笑)。出すわけないって。

 

井田:そう。出せないって言われて、もう諦めた部分はある。

 

倉本:なるほど。どうやって勉強してたの?その点に関しては。

 

井田:いや、もうだから、結局はいろんな、もう毎年移り変わりだけども、いろんなクラブ、いろんなカテゴリーに行って、トレーニングを見て、試合に帯同してっていうことをやっていって、もうだから自分で見ながらっていうことが多かった。

そのやってること、クラブがやってることを、そこの監督がやってることのを見て、こういう流れになってるんだな。こういうことやっていくんだなっていうのがあって、それで自分の中でまとめて勉強したということのが多いかな。

フィジカルコーチとして

倉本:なるほど。じゃあそのチームでは、ちょっとフィジカルコーチっぽくやらしてもらったりとかしてた?

 

井田:うん。4年目で初めてかな。それまではずっともう本当にお手伝いみたいな感じだったんですけど、4年目に初めて、それはもう大人のチームだったんだけど、セミプロのチームで、地域リーグみたいなとこか。その監督、イタリア人に誘われて、その人の手伝いというか、アシスタント、ちゃんと契約してもらって、初めて。で、やってたときに、そういうのを、監督と一緒にかな、そこは。一緒に。そこが一番やっぱり、試合に向けての本当に準備とか、プレシーズンからインシーズンもだし、一つの流れってのが一番学べたとこかな。

 

倉本:なるほど。ちなみにそのときって給料もらえるんですか。

 

井田:そこは本当にごくわずか。

 

倉本:いくら?何ユーロ?

 

井田:200だったかな。

 

倉本:あー。でももらえるんだね。

 

井田:うん。

 

倉本:へえー。

 

井田:スペイン来たとき、スペインはもっと…。

 

倉本:もう、もっともらえないよね。全然もらえない。だってユースで、日本でいうプレミアリーグに参加してるユースのコーチ、ヘッドコーチやってたのに、無給だったっていう(笑)。

 

倉本:(笑)。そう。スペインのその事情を聞いたときは、イタリアの方がちょっとなんか、下のカテゴリーの部分のお金は出るんだなっていうのは。

 

倉本:そう。選手もだって、イタリアの方が全然給料高かったもんね。当時ね。地域リーグの選手とかでもね。

 

井田:うん。そうそう。地域リーグの選手とか、結構良いお金もらってたし、その監督もそれなりに、普通の自分の本職よりお金もらってたからね。サッカーで。

 

倉本:へえー。今は?今もそう?

 

井田:今も基本的にそんなに変わんないと思うけどね。

 

イタリア語習得

倉本:ふーん。そうか。へえー。なるほど。言葉はどのぐらいで覚えられました?

 

井田:本当にゼロから行って…。結局はでも本当に、自分の場合はなんか使った言葉しか、自分の使った、発した言葉しかなかなか覚えれないっていう部分があったから、サッカーで何かができるって、初めてサッカーの通訳をしたのが1年経って、1年半かそんぐらいのときに、初めて通訳の話が来て、不安だったけどやってみたらなんとかなったっていうのが、サッカー用語はだいぶわかってきたな、できるようになってきたなってのは、2年目ぐらいか。

そこから少しずつだけども、それは2年、3年。本当、1年ぐらいでもっとできるのかなと思ってたけど、まあ語学センスとかやっぱあるんだろうけど、多分俺はあんまりなくて、それでも1年半ぐらいでだいぶ、ちょっと変わって来たなってのはそれぐらいかな。周りにも、「なんかちょっとイタリア語しゃべるようになったね」って言われるようになったのはそのぐらいからだったかと。

 

倉本:なるほど。語学学校に行ってたの?

 

井田:最初1年間は。10カ月、語学学校に行ってた。

 

倉本:私立?ペルージャの大学のやつがあるんだよね、確か。

 

井田:そうそう。国立の大学があって、私立の語学学校よりかは安いっていうので、そこで、それもあってペルージャを選んだってのも。

 

倉本:なるほどね。で、5年間イタリア。

 

井田:5年間。合計。

 

倉本:日本に帰るきっかけはなんだったの?

 

井田:きっかけは、そのライセンスの部分が無理になったってのも一つあるし、あと5年経って、28歳か、23になるときで28で、やっぱりそのサッカーでイタリアで食べていくっていうことは、現実的に難しいと思ったし、30歳を超えて日本に帰ったとしたら、やっぱりなかなか働き口を見つけるのは難しいと思ったから、20代のうちに帰って、やっぱりその日本で自分が学んだことを、ちょっと一回日本で、どれだけ、どういうことができるのかなっていうのを考えたときに、20代のうちに帰ってた方がいいかなっていうのは思って、それで5年で帰りました。

ファジアーノに入ったきっかけ

倉本:なるほど。同じだ、同じ。で、どんなきっかけでファジアーノになったんですか。

 

井田:ファジアーノに入ったきっかけは、でもこれも大学時代にいろんなところ、結構俺はいろんなクラブとか、大学のOBの伝手とか使って、いろんな人のつながりを作ってた。そういうの大事になるなと思ってたから。

そういう人たちと、イタリアのときも結構というか、ちょこちょこお正月にメール送ったり、なんかがあったときに、自分、新しいチーム決まりましたってなったときに、そういうやりとりをしてたら、で、日本に帰ってきましたっていう連絡をして、帰ってきてから、また全国、いろいろ知り合いのところに訪ねて回ってって、そのつながりである人から「岡山が育成のスタッフ探してるらしいよ」って言って、「岡山が地元だからあれだったらちょっと紹介しようか」って言うので、それで話を聞きに行って。

 

倉本:縁だね。本当ね。

 

井田:そう。本当に縁。

中国に行く

倉本:なるほどね。そこから今度中国。なんでまた中国になったの?

 

井田:中国も本当にそれで縁。岡山を辞めて、フィジカルコーチとしてやりたいけども、まだ、結局、トップチームはとくに、やっぱり経験者じゃないとなかなか入っていけないというか、トップチームを経験したことが、イタリアでのセミプロレベルでしかなかったし、やっぱりそのJリーグの経験者が優遇されるって言い方はあれだけど、やっぱりそういう人たちから入っていくから、やっぱりなかなかJリーグで働くっていうチャンスはなくて、そういうときにその時期、いろんな人がちょこっとずつ中国とか海外に出始めてて…。

 

倉本:あー。そのときだよね。

 

井田:うん。で、フィジカルコーチ、そういう人たち、出て行った人たちが日本人のフィジカルコーチをっていう話が少しずつ出始めてたときで、その中国の話も日本人の監督が、日本人のフィジカルコーチを探してるけども、日本でじゃあJとかでやってる人たちってのは、やっぱりなかなか行けないし、あとはやっぱり海外にパンッと行ける人ってなかなか実際にはいなくて、やっぱり家庭持ってたりとかしたら余計にあれだし、やっぱり海外っていうものに不安を感じて慎重になるというか。まあそんな中で、全然抵抗のない自分に話が来たので、よしこれだと。

 

倉本:来たと。

 

井田:そのときはフットワーク軽くて、もう本当に連絡来てすぐにつないでもらって。

 

倉本:現地ではどうやって教えてたの?実際。

 

井田:現地では、監督に一人通訳がついてるんだけど、でも監督専属だから、基本的に一番最初のころとかは、中国語全くしゃべれないし、英語でやるしかないけど、英語もいったら向こうはわからない人が多いから、だからもうその最初は通訳の人に頼んで、説明しながら通訳してもらって、でも結構、フィジカルのトレーニングって、戦術とかみたいにすごい細かくて、説明が必要ない部分というか、やってみせたら理解するようなことも多いから、もう身振り手振りと、自分がやってみせるのと、それでなんとか、それでなった。

 

倉本:すごい(笑)。それなんとかしたのがすごいわ。

 

井田:うん。まあなんとかなったのかわからないけど、まあでも本当そうするしかなかったから、あとはどれだけシンプルに説明するかっていうか、そういうことで頭使ってたかな。

 

倉本:へえ。それで結果出たんだっけ?どうだったっけ?

 

井田:うん。まあ、その大会優勝できて。

 

倉本:そうだよね。

 

井田:うん。中国のその年代のチャンピオンにはなれたから。

 

倉本:すごい。へえ。それって一応、そこで解散みたいになるの?

中国で優勝し、その後は?

井田:そう。もう選抜チームだったから、そこで解散で、でもそれで話というか、そのあれは終わって、日本に帰って、また日本でやりたいなって、日本の探してたけど、なかなかなくて、タイの話がまた一つ出てきたから。あとはJリーグのアカデミーのフィジカルコーチとか、一つ二つあったのかな。

だけどタイのチームはトップチームだったから、リーグの、クラブチームのトップチームだから、それが一番やっぱなんか魅力的に思えたから、その経験なかなかできないし、やってみたかったことだから、トップチームの足掛かりになったのは、そのタイからか。

 

倉本:なるほどね。タイでの生活はいかがでしたか。サッカーも含め。

 

井田:生活自体、人はすごい本当に優しいし、日本人に対して、日本人の印象ってのはすごい良かったし、タイ人自体も優しい。生活自体も自分一人だったからっていうのもあるけども、生活自体はすごいしやすくて、ご飯とかもおいしかったし、あとはいざとなったら、日本食はどの町にも一個ぐらいはあって、大きいデパートとかに行ったらあったから、そういうので食事で困ることもなかったし。

サッカー自体も日本人の監督がやってたっていうのもあって、日本人のやり方ってのは理解もすでに選手がしてた部分もあったし、いろいろ、のんびりした国民性だとかそういうので、時間にルーズだったりってのは多少あったりはしたけども、それはもう少しずつ慣れていくのと、こっちが教育していく部分とってのは、それも監督と協力しながらだけどやっていって、実際にトップチームだから、やっぱり結果が出ないとクビになる世界だから、そこは自分の今までのその考えと、監督が結構、自分の考えに共感してくれるというか、いろいろ本当にやらせてくれる人で、すごい自由に自分もやらせてもらった部分があって、なので、自分としてはタイっていう国もそうだし、一緒にさせてもらった監督さんとも、全体的に自分としては本当にやりやすかった環境もありました。

 

倉本:なるほどね。そのときも、じゃあ選手に言うのは英語?

 

井田:英語。もう本当にタイ語も全然わからないし、タイ語を勉強しようとも思ったけども、これはちょっと、英語もやっぱそんな得意ではないから、やっぱりイタリアいるときは英語全く使わなかったし、だからこれはちょっとどっちかに絞らなきゃいけないと思って、最初はちょっと英語の勉強をし始めて、英語を主に使ってやって、タイに長く行って4年もいたから、これでタイ語しゃべれねえのももったいねえなと思って、最後の4年目ぐらいに初めて勉強し始めた。

 

倉本:へえ。そのタイでの経験を一言で言うとすると、もし。どんな、これが印象的だったとか、もしくはこれを学べたよとか。

 

井田:まあでも本当にタイが一番サッカーが発展してた時期にちょうどいさせてもらって、Jリーグの多分創成期のような感じで、もう国全体が盛り上がってて、代表チームも強くなってっていうそのときにいさせてもらって、そこのトップリーグでもやらせてもらったから、本当にプロ経験、選手もないし、今までトップのプロのチームでやったこともなかった自分にとっては、プロの世界っていうか、そういうものを感じれたかなと。

 

倉本:なるほど。実際フィジカルコーチとして活躍できたというか、仕事ができた。

 

井田:まあ仕事、うん。

 

倉本:面白いな。いつもFacebook見てたもん。写真。いつも屋台にご飯食べに行く写真見てた。

海外に住んでいて心がけたこと

井田:(笑)。そうそう。海外にいるときに一つちょっと心掛けたこととして、やっぱり海外の情報ってなかなか日本にはないから、とくにサッカーでやってる人ってのは。だから生活も含めて、FacebookなりSNSでちょっとあえて多めに上げるようにはしてて、興味を持ってくれる人たちがいたから、だからそこでなんかこういうとこでやってる人がいるんだって、基本的には俺、知り合いしか限定してない、限定をしてるから、知り合いにしか見せてないけども、でもサッカーのその知り合いの人たちが、日本に帰ってどっかで会ったりとかすると「見てるよ」っつって、だからやっぱりそこで気にかけてくれるというか、印象残ったりとかっていうのがあったりとかして、そのつながりから「来シーズンどうするの?」とか、そういう話になったりとかも実際にあった。

 

倉本:なるほどね。発信してたからこそっていう。

 

井田:そう。だから海外に行って、日本でやってなかったら、もう現場で会わない人、関わりない人とかってやっぱり頭に残んないっていうか、なかなか関わりの深い人じゃなかったらあれだけども、なんかそこに載ってる記事見てて、こういうとこでやってる人がいるんだっていう、そのつながりで、でも実際にタイのあとに山口に行ったのは、そういうつながりっていうか、そのきっかけでっていうのもあるから。

 

倉本:実際そうだったのね。

 

井田:うん。

 

倉本:へえー。確かにだって、外国でトップリーグでフィジコやってる人、そういないもんね。知らないからいるのかもしれないけど。

 

井田:うん。かもしれないけども、なかなかあんまりいないと思うし、あっても情報ってのがなかなかなかったから、自分はあえて出すようにしてた。出せるものは出すようにしてて、こういうとこにいますよみたいなアピールじゃないけど、ちょっと、忘れられないようにはしてた。

タイから再び日本へ

倉本:なるほどね。いや、面白い。じゃあそれ終えて、山口に来て、山口、今岐阜はコロナちょっと影響であれだけど、実際に今度は日本にまた帰ってきて、フィジコとしてやりだしてまた考えたりしたこととか、気付いたことってなんかありますか。

 

井田:やっぱり日本はすごいいろんな面でオーガナイズされてる部分ってのもあるし、やっぱり準備をすごい大事にする文化というか、だから、その日本でやってる、日本人の指導者の人たちも、やっぱりその準備の部分ってのはすごい大事にするし、事細かにするし、そこはやっぱりできてないとすごい注意される部分はあったりとかしたし、すごい本当にやっぱ細かいなっていうのはあって、結構タイにいるときとか、自分がやってきてたのは、全体像、もちろん準備はするけども、結局その準備してた通りにならないことがやっぱり現場って多いじゃない?

それを微調整というか、やっていく、いきながら指導するようなことはしてたけども、日本の場合だと、準備の段階で「こうなったらどうするの」ってのをすごい聞かれるし、なんか、そこの部分の違いというか、だからすごい細かくしておかないといろいろ突っ込まれるなってのは感じたかな。

 

倉本:なるほど。いいですね。面白い。なんか尽きないんだけど、例えば、よくこれも言い方だし言葉だからあれなんだけど、「日本人のフィジカルは」っていうよく言葉をどうしても使うじゃん。

 

井田:はい。

 

倉本:でも確かに体の厚さとか強さってとこ、足りない部分は当然あると思うんだけど、そのへんに関してはどうやって教えていこうとかありますか。しゃべれる範囲であれば。

 

井田:まあまあ全然それは。まあ本当に自分の中でも本当の正解ってのは、まだまだ全然わかんないというか、いろいろまだまだ試行錯誤なんだけども、やっぱりトレーニング自体、フィジカルのトレーニングというか、やっぱりしっかり体を作るだとか、動けるようにするだとか、体に関する部分ってトレーニングは、やっぱりまだまだ少ないのかなってのは、日本は。

習慣化されてないというか、プレシーズンに追い込んでやるとか、そういうのはあるけども、やっぱ本当にずっと習慣ってのは、すごい、継続ってのはすごい大事だと思ってるから、だから1週間の中にやっぱりちゃんと体を使うような、体を鍛えるようなトレーニングってのもやっぱり必要になってくると思うし、その部分はもしかしたらタイより少ないんじゃないかなと思ったりは。

 

倉本:あー、そうなんだね。

 

井田:うん。プレーの強度とか、トレーニングの強度とか、そういった部分とはまたちょっと違って、そのトレーニング自体に取り組む頻度っていうかな。そのフィジカル、いろんな能力を高めるためのもの自体がまだまだ足りてないなってのはそれは。

 

倉本:なるほど。そこをちょっと工夫していこうみたいな。

 

井田:そうだね。でもまあ、サッカーのトレーニング自体は、育成なんかでも、トレーニングの回数自体は、頻度は、量、ボリュームとしては多いから、それにじゃあフィジカルのトレーニングを増やすってなると、またなんかいろんな、違った問題が出てくる部分もあったりするから、そこの部分は難しいなとは思うけども、まあフィジカルのことだけに関して言えば、まだまだ取り組んでない方だと思う。

 

倉本:なるほどね。怪我の予防も然りだもんね。鍛えるばかりではなくて、そもそもちゃんと回復を考えてるのかとか。

 

井田:そうそう。うん。それも含めて、やっぱりその回復とか、休息とか、回復、食事の部分も含めて、そこの部分がもっともっと必要なのかなとは思います。

若いコーチへのアドバイス

倉本:なるほど。いや、ありがとうございます。じゃあ、あと二つかな。質問。なぜこの対談になってるかっていうのは、今進路に悩んでいる高校生なのか、大学生なのか。今後サッカーで生きていきたいなみたいに思ってる人たちに、こんな道もあるよっていう、いろんな人のパターンっていうか、いろんな人の人生紹介していってるんですけど、その進路に例えば悩んでいる大学生に、こういうふうにしといたらいいよ、今、とか、もしアドバイスがあれば。今の井田ちゃんの立場で。

 

井田:自分自身、やっぱりこれは僕がってのもあるかもしれないけども、好きなことじゃないと続かない人間なので、やっぱり自分がこうやりたいって思うことじゃないと仕事として続けていくにはできないっていうタイプだから、じゃあそのためには何をしなきゃいけないのかってのは考えるというか。

だから、自分がいろんなんか選択肢があったときも、自分が興味を惹かれるというか、ワクワクするものを選ぶし、これやりたいなって、この中だとこれやりたいなっていうものを選ぶし、だからそれはいろんな性格の人がいるから、自分がどういう性格かによってそれは変わってくるから、自分自身がどういうタイプなのかってのはまず知る必要があるし、もし僕のようなタイプだったら、僕はそういう、自分がこれやりたいとかいうものをやるようにしてます。

今後の展望は?

倉本:素晴らしい。いいですね。ありがとうございます。そして最後かな。今後の展望というか、夢とか目標とかあったら教えてください。今後、どんなコーチになりたいとかでもいいけど。

 

井田:結構聞かれたりするけども、正直毎回言ってるのは、この仕事ってゴールがなくて、例えば日本代表のフィジカルコーチになったからそれがゴールっていうわけでも、終わりでもなくて、どこかのクラブのチームでやったからゴールっていうわけでもないから、最終的な到達地点っていうのはわかんない。今の時点では、本当に。

でも、やっぱり現実的というか、自分の今後としては、やっぱりJリーグでようやくコーチとしてやらせてもらえるようになったから、去年までJ2でやってて、今年はJ3の舞台。やっぱりJ1の舞台でやってみたいってのもあるし、あとはACLとかの国際大会に出てみたい。そういうところもあるようなクラブでもやってみたいってのもあるし、やっぱり海外とかそういうところでもチャンスがあったら、将来的にはっていう、やっぱり自分の経験してないことをいろいろもっともっとやっていきたいっていう、それが今後の目標というか。やってないこと、自分がやったことないことをやってみたいっていう。

 

倉本:いや、面白いな。ありがとうございます。

 

井田:こちらこそ。

 

倉本:はい。以上になります。いや、面白かったな。

井田:いろいろと、ダラダラと長くなってしまったけど。

倉本:ううん。すいません、こっちも。面白かったです。

井田:話すと面白いからね。

倉本:そうそう。人のやっぱリアルの話が一番面白いよ。本当。本当思う。

井田:うん。

倉本:いや、いいな。ちょっと今後が楽しみなんで、なんとか再開するか。

井田:まあね。

 

倉本:なんとかしよう、なんとかしそうな空気感なんでしょ、ちょっと今ね。

井田:まあ、ちょっとずつトレーニングを始めてた、自主トレーニングとかから始めてくるクラブとかも出てきてるみたいだし、まああとはもう、リーグ自体はもう国がどうするかっていう部分だからあれだけど、地域ごとで見ていってると、結構だいぶ、まだ油断はできないんだろうけど、下火になってきてる部分があるから、それでうまくなんとか、今年やってもらわないとね。仕事がないです。

倉本:いや本当そうです。

井田:それもあるけど(笑)。

倉本:これ以上、だって経済活動止めたら、まじでやばい人、本当にサッカーに限らずだけど、もう大量に出てくるから。

井田:まあね。サッカー以外の人はもう、そっちの方がまた大変だから。そうだね。

倉本:わかりました。ありがとうございます。

井田:いえいえ。こちらこそ。

倉本:はい。今日は以上です。

倉本:では、ありがとうございました。

井田:はい。ありがとう。

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